1889年(明治22年)に発布された
大日本帝国憲法(1890年11月9日施行)による立憲体制下において、自治体としての府県は1890年に
プロイセンの州制度に範をとって制定された法律「府県制」によって規定された。一方、地方長官である
知事以下、地方官庁としての府県の機構は
勅令である「地方官官制」によって規定された。府県知事は
官選とされ、
政党内閣または
政党の影響の強い
内閣の時期も含めて多くは
内務省の
官僚が任命され、また
内務大臣の監督に服するものとされた。それに対して府県会は財政議決権を持つだけで与えられた権限の及ぶ範囲は狭く、自治体としてよりも国の行政区画としての意味合いが強かった。
第二次世界大戦中は更に政府の統制が強化されたが、終戦後の
1946年(昭和21年)の
第1次地方制度改革で知事の
公選制が導入されるなどの民主化が行われ、最終的には
1947年(昭和22年)の
地方自治法の成立により現行の
都道府県制に移行した。
「
市制・
町村制」(明治21年法律第1号)と併せて明治憲法下の地方自治制度を形づくる法律である「府県制」(明治23年法律第35号)は、「
郡制」(明治23年法律第36号)とともに
第1次山県有朋内閣の下で
帝国議会の協賛を経て1890年5月17日に公布された。この法律は「自治体としての府県」について規定したものであり、住民から選挙された議員(納税額によって区分された階級ごとに選挙される)によって構成される
府県会と、知事と府県高等官および府県会議員の中から選出された名誉職参事会員による
府県参事会が自治の主体となった。附則第94条の規定によりこの法律は「郡制」および「市制」の施行された府県から順次施行するものとされたが、多くの県で郡制施行の前提である
郡の再編が進まずに府県制の施行が遅れた(
1891年(明治24年)中に施行されたのは9県のみ)。そのため、
1899年(明治32年)に「郡制」とともに「府県制」も全面改正されて、ようやく
北海道と
沖縄県を除く全府県に施行された(改正まで施行されなかったのは東京、大阪、京都の3府と神奈川、岡山、広島、香川の4県)。1947年の地方自治法施行により廃止されるまで有効であったのは、この新「府県制」(明治32年法律第64号)である。この改正によって府県に
法人格が与えられて自治体としての体勢が強化される一方で、府県知事の権限規定も整備・強化された。
戦後、1946年(昭和21年)9月の改正で府県知事が住民により直接選挙される公選制が導入された。従来府県における選挙事務を統括していた府県知事自身が選挙の対象となったこともあって、この改正により各道府県に
選挙管理委員会が設置され知事の管轄から分離された。同時に、北海道における自治制度を規定していた「北海道会法」と「北海道地方費法」が廃止されて「府県制」に統合され、この法律は「道府県制」と改称された。従来「北海道地方費」と呼ばれていた北海道における自治体は「道」と呼ぶものとされた。1947年(昭和22年)4月に実施された第1回
統一地方選挙における府県知事および北海道庁長官(北海道知事)の選挙は、この法律によるものである。