1953年8月、
閉鎖機関令改正によって清算後の国内残余財産による新会社設立の道が開かれた。以後、
清算事務と並行して新会社設立構想の具体化が進められた。新会社の構想では、“これ以上、長期信用銀行は不必要”との意見もある中、紆余曲折の末、最終的に「
中小企業向けの長期資金の貸付を主要業務とし、
不動産を抵当とするものに重点を置く」新銀行を長期信用銀行法に基づいて設立することとなった。
日本不動産銀行設立時における日本の経済は、
高度経済成長期に入り始めた頃であり、中小企業などの旺盛な資金需要ともあいまって業績は開業当初から急速に拡大した。1957年11月から
利付金融債(期間5年)、翌
1958年10月から
割引金融債(期間1年)発行を開始し、利付金融債は金融機関の引き受けを中心に、割引金融債は個人向け貯蓄手段として、いずれも順調に発行量を拡大した。
1960年代に入ると、対象顧客が、それまでの中小企業を重点とした運営から、中堅企業、さらにそれらの親会社を中心とする大企業との取引も次第に拡大し、本来的な長期信用銀行としての基盤確立が進められた。