電波を利用し、安定して
情報を伝送するためには、安定持続する
高周波の
電気振動を発生させる必要がある。
火花式送信機の減衰電波による無線
電信が実用化された後、
1900年頃より火花式送信機の発生する減衰電波を可能な限り持続電波に近づける試みが広く各国で行われ、電極間隔を狭めた直流瞬滅火花式送信機や、同期モーターにより回転電極を駆動して、
交流電源波形の尖頭付近のみで火花を発生させる、同期回転式瞬滅火花送信機などにより、電信における送信電波は漸次、持続電波に近付きつつあった
["Fahie, J., A history of wireless telegraphy, Dodd-Mead & Co, New York 1901" ]。マルコーニ社がClifdenに建設した200kW長波電信送信機は、直流瞬滅式であった
[ "http://hjem.get2net.dk/helthansen/marconi_tx.htm" ]。更に、
アーク放電の
負性抵抗を利用して発振する方式が発明されるに及び、ほぼ完全な持続電波の発生が実現した。
一方、持続電波を得る技術が進歩するに従い、これを振幅変調(
AM)する事で音声を送信する試みが各地で開始された。早くも
1902年に、アメリカのレジナルド・A・フェセンデンは、瞬滅式送信機の
空中線回路にカーボンマイクロフォンを直列に挿入して振幅変調を行い、距離約5マイルの電話送信に成功した。続いて
1906年のクリスマスイヴに高周波発電機と水冷式カーボンマイクを使用して行った実験では、航行中の船舶に大して音楽及び音声の送信に成功した。他方日本では
海軍が早くから艦船及び陸上通信所間の交信用に研究を始め、
1908年の
観艦式において、軍艦浅間、三笠、香取と神戸税関の間での実験が行われた
["海軍省公文書、「無線電信及ビ同電信機ニ関スル件」官房四四四七号、明治四十一年十一月二日、国立公文書館"]。次いで
1910年1月より海軍水雷学校からアーク式送信機により送信し、軍艦敷島および阿蘇で受信する実験を行い、「アークノ音低シ」「言語約八十パーセント諒解」「喇叭頗ル明瞭」等という結果が得られた
["海軍省公文書、「無線電話試験成績進達ノ件」、岡田啓介無線電話改良委員長より齋藤實海軍大臣宛、明治四十三年二月八日、国立公文書館"]。一方、
1912年に逓信省電気試験所の鳥潟右一、横山栄太郎、北村政次郎が「TYK式無線電話機」の発明とこれを用いた船舶との通話を行い、一般にはこれが最初と言われている。